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ジャズ/FC町田ゼルビア/その他


by kreis_kraft

ドラガン・ディミッチ選手のこと【後】

後編を書き継ぐ前に、一言おことわりを。
前編に誤りと思われる記述がありましたので加筆を施しました。
その加筆箇所は青のフォントで他と区別してあります。まずは「ドラガン・ディミッチ選手のこと【前】」をご一読下さい。
事実を確認したあと、このエントリは必要に応じて加筆修正を施し、本家である私のサイト「クライス・クラフト」内の「雑文集」に収めたいと考えております。
もちろん、その折は当blogにその旨お知らせするつもりです。

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「FKオーストリア・ウィーン(FK Austria Wien)」に2006/07シーズンの途中から移籍したドラガン・ディミッチ選手が、もっぱらセカンドチームである「FKオーストリア・アマチュア(FK Austria Amateure)」で活躍していたことは前編でも触れた。
日本語版「ウィキペディア」によると、「FKオーストリア・アマチュア」での2部リーグ公式試合出場数89、13ゴール。

ところでドイツ語版には、日本語版にない、こんな記述がある。

>Für Furore sorgte der Serbe am 28. Oktober 2008, als er am 3. Spieltag des ÖFB-Cups gegen den klar favorisierten FC Red Bull Salzburg in der 93. Minute das entscheidende 2:1 nach einem Sololauf erzielte.(http://de.wikipedia.org/wiki/Dragan_Dimic)
「このセルビア人が世間の注目を集めたのは、2008年10月28日、オーストリアカップ第3節での対FCレッドブル・ザルツブルク戦である。だれもが優勝候補と思っていたFCレッドブル・ザルツブルク相手に、ロスタイムに入って3分後、独走から2-1とする決定的なゴールを挙げた。」

「ジャイアント・キリング」といっても差し支えないだろう。2部の「FKオーストリア・アマチュア」が、昨シーズン1部2位の「FCレッドブル・ザルツブルク」をアウエーで下したのである。それも延長突入直前のゴールで!
選手スタッフのみならず、ウィーンから駆けつけたサポーターたちも、ディミッチ選手の劇的なゴールに酔いしれたことは想像に難くない。
この勝利で波に乗ったのか、「FKオーストリア・アマチュア」は、続く準々決勝もPK戦で勝利を収めベスト4進出を果たす。残念ながら準決勝で敗れファイナル進出は逃したものの、大健闘と言っていい。

以下は余談だが、もし「FKオーストリア・アマチュア」が決勝に進んでいたら、相手は「FKオーストリア・ウィーン」であった。日本だったら「ジェフ千葉」と「ジェフ・リザーブズ」が対戦するようなもので、さぞかし興味深いマッチになったことだろう(ちなみにオーストリアカップを制したのは「FKオーストリア・ウィーン」)。
また、格下のクラブに敗れた「FCレッドブル・ザルツブルク」は、この敗戦が薬になったのか、その後態勢を立て直し、2008/09シーズン・リーグ戦の覇者になっている。

*

余談を、続ける。
ディミッチ選手の現時点におけるキャリアの中で、最も輝かしい戦績と言ってもいいこの一戦のあと、ピッチで歓喜を爆発させている「FKオーストリア・アマチュア」の選手たちとは対照的に、敗北に打ちひしがれている「FCレッドブル・ザルツブルク」の選手の中に、ひとりの日本人がいた。

2006/07シーズンの途中にこのクラブに移籍し、まずまずのパフォーマンスを示し3シーズン目を迎えた彼だったが、開幕直後に負傷し出遅れ、公式戦出場の機会がなくなっていた。
が、ようやくこの試合、スタメンで出場が叶い、しかも主将の指名を受ける。
日本でキャプテンマークを巻くのが当たり前だった彼にとって、マークは久々の心地良い感触を腕に伝えてきたことだろう。また、選手としても、期するところも大きかったはずである。
が、この、幕切れである。


ディミッチ選手のゴールが決まった瞬間、元日本代表主将・宮本恒靖は、どんな心境だったのだろうか。
こないだのカップ戦は90分間出て、個人的には手応えはあったけど、チームは負け。

勝つにこしたことは無いんやけど、俺としては久しぶりの公式戦を楽しんだよ。
敗戦の6日後に更新された、宮本恒靖公式サイトの「Diary・2008年11月2日」から冒頭部を引用させてもらったが、すでに気持ちの切り替えは、終わっている。
さすがだと思う。71キャップの代表歴はダテではない。日本代表の主将として02年、06年と2回のW杯に出場し、04年にはアジアカップを真っ先に掲げた男は、前向きである。

しかし、結果的にこの試合が、宮本選手の「FCレッドブル・ザルツブルク」最後の出場試合となった。
2009年1月に帰国し、ヴィッセル神戸に入団したのは周知の通り。
そして今、17年目のシーズンに向けてトレーニングに励んでいる。

* * *

考えてみれば、不思議なものである。
敵チームの日本人キャプテンと試合前の握手をしただろうディミッチ選手とて、まさかその2年3ヵ月後、日本に行くことになるとは、思ってもみなかっただろうから。
90分の間、やりあう場面もあったかもしれない両者が、今、同じ日本にいる。

「ザルツブルクでの最後の試合でゴールを決められた選手のことを覚えていますか?」

こんな、いささか意地悪なことを、宮本選手に訊いてみたい衝動にかられる。
そうしたら必ず、「なぜそんなことを訊くのですか?」と端正な顔をこちらに向け、不思議そうに問い返すことだろう。
そこで私はこう答えるのだ。

― その選手が、今年、JFLのFC町田ゼルビアのメンバーになって、10番を背負うんですよ。

想像の中では、どんな表情を思い浮かべても自由なのが、いい。

いっそ、宮本選手のblogにトラックバック送ってしまおうか。
アップ前の今、そんな不躾なことを考えたりもしている私である。

【2011年2月3日14時40分記す】




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by kreis_kraft | 2011-02-01 12:39 | FC町田ゼルビア